島田市道 坂菊川線
道路
島田市道 坂菊川線
起点
終点
説明
旧東海道です。
区間の大部分は東海道金谷坂石畳として残され、ハイキングコースとなっています。
途中、金谷坂の上り始めにある石畳の塚を鶏頭塚といい、この鶏頭塚は「曙も夕ぐれもなし鶏頭華」「六々庵巴静寛保甲子四年二月十九日没」と刻まれた、巴静という蕉風(松尾芭蕉とその門人によって確立された俳句の作風)を広めた俳人を偲ぶ石碑が立てられています。現在この場にある木製の案内板に次のように書かれています。
「鶏頭塚
鶏頭塚は旧東海道の石だたみの坂道の途中にある塚の名のいわれとなった。
「曙も夕ぐれもなし鶏頭華」
の句と「六々庵巴静寛保甲子四年(一七四四)二月十九日没」と刻んだ自然石の碑である。
巴静というのは蕉風をひろめた江戸時代の俳人でその教えを受けた金谷の門人たちは師の徳を慕って金谷坂の入口北側の辺にこの句碑を建てた。この碑石は道路工事等に伴いその都度移動したが風雅の心ある地元の人々の心配りによって保存が図られ現在に至っている。
なお塚の裏に位置する庚申堂は昔から土地の人々に信仰され徳川時代の大盗日本左衛門がここを夜働きの着替え場所としていたことが口碑といしたえ残っている。
東海道 金谷宿」
区間の大部分は東海道金谷坂石畳として残され、ハイキングコースとなっています。
途中、金谷坂の上り始めにある石畳の塚を鶏頭塚といい、この鶏頭塚は「曙も夕ぐれもなし鶏頭華」「六々庵巴静寛保甲子四年二月十九日没」と刻まれた、巴静という蕉風(松尾芭蕉とその門人によって確立された俳句の作風)を広めた俳人を偲ぶ石碑が立てられています。現在この場にある木製の案内板に次のように書かれています。
「鶏頭塚
鶏頭塚は旧東海道の石だたみの坂道の途中にある塚の名のいわれとなった。
「曙も夕ぐれもなし鶏頭華」
の句と「六々庵巴静寛保甲子四年(一七四四)二月十九日没」と刻んだ自然石の碑である。
巴静というのは蕉風をひろめた江戸時代の俳人でその教えを受けた金谷の門人たちは師の徳を慕って金谷坂の入口北側の辺にこの句碑を建てた。この碑石は道路工事等に伴いその都度移動したが風雅の心ある地元の人々の心配りによって保存が図られ現在に至っている。
なお塚の裏に位置する庚申堂は昔から土地の人々に信仰され徳川時代の大盗日本左衛門がここを夜働きの着替え場所としていたことが口碑といしたえ残っている。
東海道 金谷宿」
関連
※道路に面した店舗を表示しています。ショッピングモールなどで、モール自体が面していても店舗が奥まった場所にある等の場合はここには出ません。なお、情報はR8/1/28時点で確認されていますが、それ以降も鋭意追加中です。
この道路で登録された店が見つかりませんでした。
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